佐野元春がSWITCH出演!浦沢直樹との対談内容まとめ!元は漫画家志望

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4月5日(土)放送のNHKの番組『SWITCH』で、ミュージシャンの

「佐野元春」さんが漫画家の「浦沢直樹」さんと対談します。

『SWITCH』は、異なる分野の2人の達人が、途中でゲストとインタビュアーと

いう立場を入れ替えて、お互いの「仕事」について語り合うという番組とのこと。

今回の記事は、番組の内容をメインにまとめたいと思います。

【追記】番組の内容について、記事の最後に書き加えました。

プロフィール

生年月日:1956年3月13日
出身:東京都台東区
血液型:B
大学:立教大学社会学部

佐野さんは、1980年3月に「アンジェリーナ」という曲で歌手デビュー。

それ以降、シングルは50枚以上、アルバムも15枚を制作し、デビューから

30年を過ぎた現在も、精力的に活動を続けられています。

代表的な曲は、デビュー曲の「アンジェリーナ」を始め、

4枚目のシングルの「SOMEDAY」、27枚目のシングル「約束の橋」など。

その中でも、個人的には「SOMEDAY」が1番好きですね。

次は、佐野さんと対談する「浦沢直樹」さんのプロフィールです。

浦沢さんプロフィール

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生年月日:1960年1月2日
出身:東京都府中市
血液型:A
大学:明星大学人文学部

浦沢さんといえば、一昔前では「YAWARA!」少し前では「20世紀少年」などが

代表作の漫画家で、1983年に「BETA!」という作品でデビューされたとのこと。

ということで、浦沢さんも佐野さんと同じく、デビュー30周年を迎えています。

また、浦沢さんは1988年にロックの殿堂入りを果たしている「ボブ・ディラン」の

大ファンだそうで、その影響が「20世紀少年」に反映されているそうです。

ちなみに佐野さんも、高校1年生の時にボブ・ディランを知って影響を受けたようで、

この点も、お二人に共通していますね。

佐野さんは漫画家志望だった?

今回の番組でおもしろいな〜と思ったのは、少年時代のお二人が目指していたことが

それぞれ逆にお二人の現在の職業になっているという点。

どういうことかといいますと、佐野さんは少年時代に「漫画家」を夢見ており、

浦沢さんは「ミュージシャン」を目指していたとのこと。

その内容を見て、だから番組名が『SWITCH』なのかと思ってしまったんですが、

冒頭にも書いたように、番組の途中でゲストとインタビュアーという立場を

「入れ替える」ので、番組名が『SWITCH』となっているそうです。

また、お二人は少年期に共通して「鉄腕アトム」に感銘を受けていまして、

鉄腕アトムのオマージュ作品として、佐野さんは詩、浦沢さんはマンガを

制作されており、そちらの詳細も番組では紹介されるとのこと。

※オマージュ:尊敬する作家や作品の影響を受けて、似た作品を創作すること

ここでも「鉄腕アトム」という、お二人の共通点が見えてきますね。

番組『SWITCH』の内容について

4月5日放送の『SWITCH』の予告によりますと、佐野さんと浦沢さんが

東京とニューヨークで「激突!」となっており、お二人が場所を変えながら

対談を進めていくという流れのようです。

ここまでに書いたいくつかの共通点も持っているお二人が、お互いが夢見ていた

職業になっている相手と対談するということで、番組の趣旨の「立場を入れ替える」

というだけではとどまらない内容になるのではと、今から非常に楽しみです。

放送後に内容は追記しますので、そちらもお楽しみに!

番組内容の追記

番組の冒頭、佐野さんが浦沢さんの仕事場を尋ねます。

まずは、佐野さんが浦沢さんをインタビューする立場ですね。

お二人の創作活動の進め方

最初に、お互いの創作活動の進め方について話がありました。

浦沢さんは「ネーム」のイメージが一番いいと思っているとのこと。

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※ネーム=マンガのいわば設計図で、コマ割りやセリフなどをスケッチした状態のモノ

ただ、そのネームの状態では商品として出せないので、それを商品として見せる形に

直す時に、できるだけネームのイメージが失われないようにするそうです。

しかし、それがとても難しいと語っていました。

一方の佐野さんも、曲を作る時は、バンドがどういう風に演奏しているかなど

「最初に曲の全てのイメージが頭に立ち上がってくる」とのこと。

ただ、バンドはギター、ベース、ドラムなど、いろいろな役割に分かれている為、

そのイメージをメンバーにそのまま伝えるのではなく、1つ1つ分解して伝えて、

「最初に思い浮かべたイメージに近づけていく」という作業を行っていきます。

お二人に共通しているのは「できるだけ最初のイメージに近づけていく」ということ。

これについて、浦沢さんは次のような表現を使われていました。

「両手で最初にすくった水を、できるだけこぼれないように最後まで運ぶ」

『PLUTO(プルートウ)』

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次の話題は、浦沢さんの鉄腕アトムのリメイク作品『PLUTO(プルートウ)』

佐野さんは『PLUTO』を読んだ時の感想を、次のように話していました。

「手塚作品の『プルートウ』の続きを読んでいるような気持ちになった」

「プルートウを読んだ幼い頃に引き戻されるような感覚」

「どこにいるのかわからないようなところに持っていかれた」

佐野さんは、マンガを読んでこのような感覚に陥ったのは「初めて」だそうです。

ここで浦沢さんが、PLUTOの最初のイメージ画を取り出します。

そのイメージ画では、アトムは「手塚治虫さんのアトム」に近い姿をしていました。

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ただ、それを手塚さんの長男の眞(まこと)さんに見せた時に

「浦沢さんの絵で描いて下さい」 と言われたそうで、浦沢さんは

そのことに対して、非常にプレッシャーを感じてしまいます。

ですが、そのプレッシャーと関係なく、PLUTOの連載開始プロジェクトは

どんどんどんどん進んでいき、浦沢さんはプレッシャーから半年間

体中にじんましんが出てしまったそうです。

浦沢さんは、そのプレッシャーのエピソードとして

「ネームを書いていても、頭上から手塚先生の目線を感じていた」

と語っていました。

また、本当の手塚ファンの人達のことも、浦沢さんを悩ませていました。

「口うるさい手塚ファンがいっぱいいるだろう・・・」

そんなことを、考えてない時がないぐらい、考えていたそうです。

ただ、そうしている中で、浦沢さんは気付きます。

「口うるさい手塚ファンというのは、自分じゃないのか?」

「下手なものを書いたら許さない!そう一番言っていたのは自分だ」

また、浦沢さんは5歳ぐらいの時に手塚さんの『プルートウ』を読んだ時、

「こんな切ない話は初めて読んだ」と感じたそうです。

「戦うことが切ないっていうことに着地するドラマなんて、今まで見たこと無い」

そんな感覚をずっと抱き続けていた為、プルートウは浦沢さんの心の中で

いつも中央に位置していたマンガ作品だったとのこと。

そんな感覚を抱き続けていた為、PLUTOを描く為に手塚さんのプルートウを

読み返した時に「自分の頭の中にある物量と違う」と感じたそうです。

手塚さんのプルートウの行間が、浦沢さんの中でどんどん膨らんでいたんですね。

だから浦沢さんは、その行間を描けばいいんだと決心します。

浦沢さんは、自分の中で育ったプルートウを、次のように話していました。

5歳の時にプルートウを読んだ感情の表現、言っちゃえば感想文なんですよ

一方の佐野さんも、浦沢さんと同じく「アトムの切なさ」を大人になってからも

考えていて、アトムへのオマージュ作品を制作されています。

それが「僕は愚かな人類の子供だった」という曲です。

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番組の冒頭、佐野さんは鉄腕アトムについて、こう語っていました。

鉄腕アトムは、まさに自分の分身のようなもの

「アトムが悲しめば自分も悲しくなり、勇ましく歩けば、自分も勇ましく

歩いているような感じ」

この曲は、まさにその内容そのものといった曲です。

曲というよりは「詩の朗読」に近いかもしれません。

浦沢さんと佐野さんの「10代」

次の話題は、お互いの10代の頃について。

浦沢さんが「小学校3年生」で初めて書いたマンガ『太古の山脈』

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小学生が授業内容を書き写すような、普通のノートに描かれていました。

小学校3年生でこのマンガが書き通せた理由として、浦沢さんは

「エンディングのシーンがまず頭の中にあって、そのシーンを描きたかったから」

と語っています。

浦沢さんが現在連載中の『BILLY BAT(ビリー・バット)』

このマンガについても、浦沢さんの頭に「あるシーン」が浮かびました。

そのシーンから、これまで見たこともないおもしろいものが出てきそうな感じがする。

だけど、そのシーンへの行き方がわからない。

そのことを1日中考え続けていると、脳が「もうやめてくれ!」と停止する。

そして気絶したような状態になってしまうんだけど、それからスッと覚めた時

「あ!わかった!できた!」となるそうです。

佐野さんも10歳ぐらいの時は、マンガばっかり書いていたとか。

ですが、マンガばかりで勉強しなかったので、ある朝お母さんに叱られて、

書いていたマンガをビリビリに破かれてしまったとのこと。

あまりのショックに「もうマンガなんか描きたくない!」と思い、それから

音楽の方に興味がいったそうです。

佐野さんは、中学の頃は毎日詩を書いていたそうで、その時のノートも紹介されました。

そのノートの最初のページに貼られていたのは「ボブ・ディラン」の写真。

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曲を書くにあたって、佐野さんは、ディランをまねるところから始めたそうです。

佐野さんは、当時を振り返って、次のように話していました。

「その時日本で歌われていたのは、アイ・ラブ・ユーや、ユー・ラブ・ミーの世界」

「でも、僕はもっと違うことを歌いたかった」

だから、その詩のノートも「叙情詩」はほとんどなく、叙事詩が多かったとのことです。

※叙情:自分の感情を表現すること/叙事:事実や事件を、ありのままに記すこと

そして、それが佐野さんのスタイルになっていきます。

番組では、そんな2人の「10代」について、次のようにまとめていました。

2人は10代にして、すでに【浦沢直樹】であり、【佐野元春】だった

『YAWARA!』の大ヒット理由について

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浦沢さんの名前を一躍広めることになった作品『YAWARA!』

このマンガを書き始める時、事前にウワサを聞きつけた後輩から、

浦沢さんはこう言われたとか。

「浦沢さんが女子柔道マンガなんて描くなんて、ちょっとガッカリだな」

後輩の方は、いわゆる「スポ根」マンガと思われたのではないでしょうか。

ですが、それに対して浦沢さんは、こう答えたそうです。

「いや、僕が描くんだから、大丈夫だよ」

浦沢さんは『YAWARA!』に一番近いと思っている作品として

『奥さまは魔女』を挙げていました。

『奥さまは魔女』は、カンタンに言うと、人間に恋をした魔女が

普通の人間として生活しようとするというお話です。

『YAWARA!』の主人公である猪熊柔も、実力はすでに世界一というほどの

柔道選手であるのに、それをなるべく隠そうとして、普通の女の子として

生きようとする。

そう言われてみると、確かに設定が似ていますね。

浦沢さんは『YAWARA!』を、それまでの「汗と根性!」というスポ根とは違う、

もっとカラッとした(=あか抜けた)作品にしようと考えていたそうです。

それについて、浦沢さんは「メジャーとマイナーのせめぎ合い」という表現を

されていました。メジャーが「スポ根」で、マイナーは、先程のカラッとした

要素(=自分の取り入れたかった要素)のことを言われているのではないでしょうか。

そして、そのバランスが従来の「スポ根」の常識をくつがえし、『YAWARA!』は

大ヒット作品となりました。

一方、佐野さんも、浦沢さんと同じようなことを考えられていたそうです。

佐野さんは、自分で考えていた音楽というものが、自分でも「普通じゃない」と

認識していたそうで、「歌謡曲とアイドル」で占められている日本のヒットチャートの中で

どうすれば聞いてもらえるか、ということを工夫されたとのこと。

その工夫について、佐野さんは次のように表現されていました。

独自のアイデアを、メジャーのトーンやマナーで包む

その表現の意味を考えてみますと、例えば佐野さんが歌いたかった「叙事詩」

これを世間一般で人気があるメロディやリズムにのせて歌う、というようなこと

なのかもしれません。

先程の創作活動の進め方でもそうでしたが、ここでもお二人の共通点が見えてきます。

メジャー(時代の流行)を追いつつも、マイナー(自分の個性)は捨てない

対談中のちょっとしたお話

この後、浦沢さんが、電車でたまに自分のマンガを読んでいる乗客を

見る時のことを話す場面がありました。

マンガを読んでいる乗客の人が、浦沢さんが考えているような反応を

してくれることもあるそうで、そういう時は、やはりとてもうれしいと

話していましたね。

マンガ家というのは、ライブなどでお客さんの反応を直接見ることができる

ミュージシャンとは違い、電車の中とか、ラーメン屋とか、そういうところしか

ユーザーの反応を見ることができないわけです。

ただ、逆に浦沢さんのマンガのページになったら「バーン」と飛ばされた、という

反応を見たこともあるそうで、そういう時は心の中で「アァ〜〜↓」と(笑)

ここでは、浦沢さんがとても楽しそうに話していた姿が印象的でした。

舞台はニューヨークへ

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浦沢さんの仕事場での対談の10日後、お二人はニューヨークで再会。

佐野さんは、ニューヨークに20代後半に1年ほど住んでいました。

ここからは浦沢さんが佐野さんにインタビューをする立場ですね。

佐野さんがニューヨークに移り住んだ理由

ニューヨークでの対談の場所は、グリニッジビレッジの一角にあるお店で、

1950年代から芸術家や文化人の集まるところとして賑わってきたとのこと。

佐野さんは、よくここで作詞をしていたそうです。

※お店の名前は「White Horse Tavern」で、検索すると出てきます。

佐野さんは「アンジェリーナ」でデビューし、冒頭でも紹介した「SOMEDAY」で

スターダムにのし上がった直後の1983年、周囲の反対を押し切り、27歳で

ニューヨークへ渡りました。

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そして、いち早くヒップホップを取り込んだアルバム「VISITORS」を制作。

佐野さんがニューヨークに渡った理由。

それは「それまでになかった音楽を作りたかった」から。

その為には、一体どうすれば良いか。佐野さんはこう考えたそうです。

「創作する場を丸ごと変えないとダメだ」

創作する場を変えることで、自分の中で何かダイナミックな変化を

強制的にもたらしたかったと語っていました。

自分を本当に変えたい時、このような方法も有効かもしれません。

住むところを変えて、強制的に自分を変える

浦沢さんは、アルバム「VISITORS」を発売当日に買い求めていました。

そして、アルバムの最初の曲「COMPLICATION SHAKEDOWN」を聞いた時、

「ヒップホップのスクラッチを日本語で表現することができるんだ」と

度肝を抜かれたそうです。

『SUNDAY MORNING BLUE』

この曲は、佐野さんがニューヨーク滞在中にセントラルパークで書き上げました。

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そして2011年、セルフカバーアルバム『月と専制君主』の中で、曲のタイトルを

『日曜の朝の憂鬱(ゆううつ)』に変えて、歌詞も日本語に書き直しています。

その理由は何だったのか、浦沢さんが佐野さんに尋ねます。

佐野さんは、その理由を「時代の雰囲気、時代のモードに合わせた」と答え、

さらに次のように話しました。

「10代、20代は、何語でもいいから言葉で飛ばしていきたいっていうのがある」

「ただ、年齢を経て、試行錯誤をしてくると、確実に無駄なく相手に伝えていきたい

浦沢さんが質問を続けます。

「佐野元春というアーティストは、前のアルバムと同じことはしませんよ、

ということをやり続けていて、常に変貌を遂げているように見える

その理由を、佐野さんに尋ねました。

『成功した形を続ければ、もっと儲かるのに』

そのような考えは、佐野さんとしても、当然頭のなかにはあるようです。

ですが、佐野さんとしては「常に新しい時代の自分より若い聴き手に

聴いてもらうという可能性を捨てていない」とのこと。

先程も「時代の雰囲気、時代のモード」という言葉が出てきましたが、佐野さんは

常に時代に合わせて、自分の音楽を変えていくことをやめていない訳ですね。

言葉のスキルを磨く

お二人が次に訪れたのは、ダウンタウンの一角にある「セント・マークス教会」

ここでは毎年、年末から年始にかけて街の詩人たちが集まり、夜通し

「ポエトリー・リーディング」のパフォーマンスが行われるとのこと。

佐野さんも、自作の詩を朗読したことがあるそうです。

※ポエトリー・リーディング=詩を朗読するアート

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既存の価値観に異議を唱えた、小説『オン・ザ・ロード』で知られる

小説家ジャック・ケルアックと、詩人のアレン・ギンズバーグ。

佐野さんは彼らの言葉を、このように独自にとらえ直しました。

「大人たちにやられっぱなしだ!」

そこで、大人たちをやっつけるために、佐野さんは次のような

パンチライン(決め台詞)を考えます。

つまらない大人にはなりたくない!

そのパンチラインを使った曲が『ガラスのジェネレーション』ですね。

佐野さんは、曲の最後の最後に、パンチラインを使っています。

「言葉」と「ビート」の関係性を追求

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そして、2013年3月にリリースした最新アルバム『Zooey』に含まれる曲

「君と一緒でなけりゃ」の出だしは『人間なんてみんなバカさ

浦沢さんは「あれでどこまで聴く人の感情を持っていくか」ということを

考えた言葉なのかについて、佐野さんに尋ねます。

佐野さんは「確かにあの言葉はパンチライン、でも音楽は柔らかい」

実際聴いて頂けるとわかると思いますが、音楽はR&B(リズム&ブルース)の

ゆったりとしたサウンドになっています。

その為、佐野さんもご自身で語っている通り、少しため息をつきながら

「人間なんてみんなバカさ・・・」と嘆いているように聴こえます。

これが激しいビートで、叫ぶように同じパンチラインを使えば、

それこそ聴く人にパンチを浴びせるようなインパクトになる。

同じ言葉でも、同時に用いる音楽や雰囲気が変わると、響き方や

届き方も異なるということですね。

このアルバム『Zooey』は、言葉とビートの関係を追求してきた

佐野さんの「1つの到達点」と紹介されていました。

『Big Pink(ビッグ・ピンク)』

翌日は、何と記録的な大雪。

そんな中でお二人が向かったのは、マンハッタンから北へ、車で3時間半。

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何の変哲もない一軒家に見えますが、『ビッグ・ピンク』と呼ばれるこの建物、

実はロックファンにとって「聖地」のような場所とのこと。

浦沢さんも、一度は訪ねてみたかった場所だったそうです。

その理由は「ロックの神様」とも呼ばれる「ボブ・ディラン」が、その音楽人生の

転換点となる、次の2枚のアルバムを制作した場所だから。

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【左】ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク/1968年

【右】地下室(ザ・ベースメント・テープス)/1975年

この建物の現在の持ち主の方が、特別にお二人を招き入れてくれました。

レコーディングを行った場所は、すべてが当時と同じまま。

窓から差し込む光は、床に寝そべっていた犬が気に入っていたという

エピソードを、持ち主の方が話していました。

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お二人がビッグ・ピンクの部屋の椅子に腰掛け、最後の対談が始まります。

「新しい」とは何か?

浦沢さんが、尋ねてみたかった質問を佐野さんにぶつけました。

新しいってでしょうね?」

佐野さんは、その質問にこう答えています。

「新しいレコードを作る時は、自分にとって新しいものを追求する」

「1つ前の作品が世間に認められたとしても、それをもう一度

やるよりは、自分にとって新しい何かをやりたい」

先程の『SUNDAY MORNING BLUE』についての会話の中でも、

同じような話が出ていましたね。

ライブの重要性

佐野さんは、インターネットが発達した現在は、コピーが社会問題と

なるぐらいに広がるのと同時に、ライブの重要性が認識され始めていると

感じているとのこと。

実際多くの人が、音楽の本質は「ライブ」にあると言い始めているそうです。

そして浦沢さんは、マンガを書いている人間として、その点がとても

うらやましいと感じていました。

浦沢さんも「音楽と絵の融合」ということで、即興で何が描けるかと

いうことをやったことがあるそうで、「マンガにおけるライブ」とは

何かということをずっと考えているとのことです。

自分の胸を打つかどうかが大事

続いて浦沢さんが、佐野さんに質問します。

「自分達の時は、自分の考えを世間に届けるには1つしか方法はなかった。

しかし、現在はインターネットによって、いろいろな方法がある。

その為、逆にあり過ぎて(考えが)閉じてしまうのではないか」

※「閉じてしまう」=「ストップしてしまう」ということではないかと思います。

佐野さんは、多くの情報があり過ぎる場合は、あえて触れないそうです。

そして、たとえその情報を知っていたとしても、知らないふりをする。

そうすることで、創作のダイナミズムを失わないようにするとのことでした。

佐野さんが続けます。

「ロックもマンガも、歴史が長くなってきた為、複雑になり過ぎてきている」

「マンガ書くのに、それなりに技術がいるんじゃないか・・・」

「音楽をやるにも、音楽理論とか学ばないといけないんじゃないか・・・」

「そんなことはなくて、やっぱり最初の衝動が大事」

佐野さんはそう話し、浦沢さんもあいづちを打っていました。

逆に佐野さんが、複雑になり過ぎたと感じたら、シンプルなところに

戻すという作業をしているのでは?と浦沢さんに投げかけます。

浦沢さんは、自分のマンガについて複雑に見えるんだけども、1つ1つの

シークエンスは、誰でもスッとわかるように描いているとのこと。

※シークエンス・・・ストーリー展開の上での、1つのまとまりのこと

そして浦沢さんも「最後はダイレクトに胸にくるものがあるかどうか」

ということだと語っていました。

佐野さんは「最初の衝動」

浦沢さんは「胸にくるもの」

お二人の表現は違いますが「自分の感じたことと合っているかどうか

という点が大事だと言っているのではないかと思います。

そして、佐野さんはその衝動を

ロックンロールがあれば、マンガがあれば、大人たちに一撃できる!

と表現し、浦沢さんも賛同していました。

それにしても、大人になってから「大人たちに一撃をくらわす」

自分達は、いまだにそんなことをやっているのかと。

お二人は、笑いながらそんなことを言い合っていましたね。

エンディング(番組のナレーションそのまま)

マンガ家になりたかったミュージシャン

そして、ミュージシャンになりたかったマンガ家

少年時代に感じたドキドキを超える何かを目指して

二人の手は、新しいものを探し続ける

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