柴田恭兵の結婚や嫁の情報は?風の峠出演!約25年前「謙信」の目力も

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2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』では、官兵衛の父である

黒田職隆役を演じられた柴田恭兵さん。

官兵衛に家督を譲った後も、時には官兵衛の留守を守る役目を務め、

特に有岡城に官兵衛が幽閉されてしまった時には、一時的に黒田家の

当主に戻り、官兵衛が戻るまで黒田家を守り抜きました。

そして、職隆がこの世を去る前に長政に語った話が、個人的にとても

印象に残ったので、後でもう少し書いてみようと思います。

また、柴田恭兵さんは大分前の大河ドラマで、武田信玄のライバル

「上杉謙信」役も演じたことがありまして。

その頃はまだ柴田さんもお若く、職隆とはまた違う印象でした。

柴田さんの結婚情報と共に、謙信役の画像も紹介したいと思います。

プロフィール

生年月日:1951年8月18日
出身:静岡県清水市(現:静岡市清水区)
血液型:AB
身長:176cm
高校:日本大学三島高等学校
大学:日本大学経済学部

出身高校がある三島市というと、伊豆半島の付け根辺り。

柴田さんの出身である清水からは、ちょっと遠そうな感じがしまして、

電車でかかる時間を調べたら、清水⇔三島はJRで50分ちょい。

それでも、静岡県をJR(新幹線ではなく)で抜けるのにかかる時間の

3分の1弱なので、やっぱり静岡は広い。

というより「長い」と、18切符を使う方がよく言ってたりします。

でも北海道内は、さらに時間がかかることは間違いないでしょうし、

新潟の日本海沿いなんて、かなりヤバそうな感じがしますね。

そこで、新潟の端から端と思われる「府屋〜市振」間は、JRの普通で

どれぐらいかかるのか時刻表で調べたら、乗り継ぎ時間なしで5時間。

静岡よりもさらに2時間のプラス・・・新潟恐るべし・・・。

でも、もっと調べたら、新潟より時間がかかるところが出てきそうです。

柴田さんの結婚と奥さんについて

柴田さんのこのような情報は、Wikiには書かれていません。

代わりに、こちらのサイトに結婚された年などが書かれていました。

柴田恭兵(詳細タレントデータベース)

リンク先の情報によれば、結婚されたのは1983年。

生年月日から考えれば、柴田さんが31〜32歳の時になります。

そして、奥さんの情報としては「元モデル」

これは、リンクとは別のページにも書いてありました。

その他にお子さんの情報や、草野球好きといった情報もあります。

気になる方は、見てみてはいかがでしょうか。

ここで、柴田さんの相棒といえばこの方、といってもいいぐらいの

舘ひろしさんについての記事紹介です。

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舘ひろしに子供は居る?岩城滉一との関係は?浅野温子とドラマで共演

柴田さんと舘さんといえば『あぶない刑事』

舘さんは1950年3月の生まれなので、学年としては舘さんの方が

柴田さんより2つ上になるわけですね。

舘さんは、柴田さんの愛称「恭サマ」の名付け親だそうです。

NHK木曜時代劇『風の峠』出演

2015年1月15日から放送される時代劇『風の峠〜銀漢の賦〜』

このドラマは江戸時代の寛政期、月ヶ瀬藩という小さな藩に属する2人の

男の話で、1人は「日下部源五」もう1人は「松浦将監」という名前。

2人の男ということで今回はW主演なのですが、柴田さんは中村雅俊さんと

共にW主演を務める予定です。

今のところ、どちらが日下部なのか松浦なのかは不明。

ただ、自分としては「日下部が柴田さん」ではないかと予想しています。

その予想の根拠やあらすじなどについては、同じく出演が決まっている

桜庭ななみさんの記事に書いてありますので、よかったらどうぞ。

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桜庭ななみが風の峠出演!時代劇の経験は?他キャストやあらすじも

追記

風の峠の役柄、松浦が柴田さんでした。見事にハズしました。

『武田信玄』の謙信役について

冒頭にも書いた通り、軍師官兵衛での役柄は官兵衛の父「黒田職隆」

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そして、こちらは職隆がこの世を去った第32話での画像。

息子の官兵衛や孫達を見守る、優しいおじいちゃんという感じです。

次に、こちらが大河ドラマ『武田信玄』での上杉謙信役の画像。

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さっきの職隆とは正反対で、眼光が鋭い!

武田信玄の第1話は少し変わってまして、これから信玄と関わっていく

重要な人物をあらかじめ紹介するという演出で、

①:北条氏康(杉良太郎さん)

②:今川義元(故・五代目中村勘九郎さん)

③:織田信長(石橋凌さん)

という順番に紹介していき、トリが柴田恭兵さんの上杉謙信。

紹介の仕方も、上杉謙信以外はある角度からの1パターンだけでしたが、

謙信だけは正面→左斜め前(さっきの画像)と2パターン。

そして、最後は柴田さんがジロッとこちらを睨むという演出。

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何といっても、上杉謙信は武田信玄の生涯のライバルですからね。

にしても、柴田さんカッコイイです。目力がスゴイ。

ただ、黒田職隆役の優しい眼も「癒しの目力」があり、両方とも良いです。

その職隆の後妻「ぬい」を演じられた藤吉久美子さんの記事はこちら。

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藤吉久美子さんの記事

職隆が長政に語った話について

では、職隆が孫の長政に語った話についてまとめてみますが、最初に

その背景についてカンタンに説明を。

官兵衛は毛利との領地問題をまとめた後、播磨の「山崎」という土地を

新しい支配地として手に入れましたが、官兵衛は秀吉の九州攻めの準備

などで忙しい為、山崎の統治を息子の長政に行わせることにします。

しかし、長政にとっては初めてのことで、父にいいところを見せたいと

焦り、高圧的な態度を取ってしまうなど、領民の心は離れていくばかり。

そこで、職隆は長政に次のような話をしました。

『時が来るまで、育つのを待つ。そして、摘み取る頃合いを見極める。

それが肝心じゃ』

この言葉は、戦国時代の領主の考え方として、とても重要なことかと。

また、摘み取るを「サポートする」に置き換えれば、現代でも例えば

部下の育て方などに使えそうな言葉だなと思いまして。

別のシーンで職隆が官兵衛に語っていた言葉も、そんな感じでした。

『頭ごなしではいかぬが、甘過ぎてもならぬ。そのさじ加減が肝心なのじゃ』

書いてみると当たり前という感じですが、実際はなかなか難しい。

こーしろあーしろと頭ごなしに言ったり、わからないところをすぐに

教えて甘やかしてしまったり。

正直な話、自分は全くできてないですね。良い備忘録になりそうです。

まとめ

軍師官兵衛を見るまで、黒田職隆という人物を知りませんでした。

なので、官兵衛に家督を譲ってしばらくしたらこの世を去ってしまうのかと

思っていたら、本能寺の変が起きた後も存命で。

柴田恭兵さんが好きな自分としては、長く柴田さんが見れて良かったです。

また、さっきのような話も聞かせてもらい、ためになりました。

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