「永遠の0」と「壬生義士伝」の流れや設定が似てると思いながら号泣

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先日、地上波初放送ということで「永遠の0」を初めてみました。

見る前から泣けるだろうということはわかってましたが、予想通り鼻水までダラダラでしたね。

で、見ていて感じたんですが、これまた自分が泣きに泣いた「壬生義士伝」と、話の展開とか登場人物の設定が結構似てるなぁと。

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壬生義士伝とは?

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「壬生義士伝」は、新選組隊士・吉村貫一郎を中井貴一さんが主演として演じた映画です。

中井貴一の子供役や嫁役・父役といえば?DC貴一っちゃんが最高過ぎ

では、どこら辺が似ていたのか、自分も整理できてないですが、書きながら整理していきたいと思います。

※これ以降はネタバレ的な話が間違いなく含まれますので、永遠の0及び壬生義士伝のネタバレなんて読みたくないよ!という方は、読まない方がいいと思います。

似ている点まとめ

(1)今を生きる人達が、主人公が生きた過去を振り返る

「永遠の0」では、主人公・宮部久蔵の孫が当時を知る人達を訪ねて回り、ストーリーが進んでいきます。

一方「壬生義士伝」は、主人公・吉村貫一郎をよく知る新選組三番隊組長・斎藤一が登場。吉村の娘婿が営む病院を偶然訪れ、斎藤と娘婿が当時を振り返りながらストーリーが進んでいきます。

(2)登場人物の中の主要人物が、主人公と近い人と結婚

「永遠の0」では、宮部について調べて回る孫のもう1人の祖父が、宮部の妻と再婚しています。

一方「壬生義士伝」は、吉村の息子・嘉一郎の親友だった大野千秋が、吉村の娘と結婚しています←(1)で出てきた娘婿と同じ話

(3)主人公の考え方が、当時の人とかけ離れていた

「永遠の0」の主人公・宮部久蔵は、当時の一般的な考え方と言われている「国の為なら命を捨てる」とは考えず、「家族の為に自分は生きなければならない」と考えていました。

一方「壬生義士伝」の吉村も、当時の一般的な考え方と言われている「主君の為なら命を捨てる」という考えではなく、「家族の為なら命を捨てる」という考えを持っており、家族を養う為に脱藩しました。

(4)生に執着しながらも、最終的には突撃

「永遠の0」の宮部は、自分の教え子達が目の前で命を散らしていき、その犠牲の上に自分が生きているという罪悪感で憔悴してしまい、最終的には特攻を志願します。

また「壬生義士伝」の吉村も、脱藩で一度主君に背いたことを悔いており、鳥羽伏見の戦いで追い詰められた時でも幕府を見限らず、新政府軍に向かって単身突撃をしました。

大きいところでは、こんなところではないかと。小さいところでは

・宮部はパイロットとしての腕が一流、吉村も剣の腕が一流(斎藤一や永倉新八も手を焼くほど)

・宮部は操縦術を教える「教官」であり、吉村は剣術を教える「剣術指南役」

といった話もありますね。

永遠の0を見た後すぐに書けば、もうちょっといろいろ書けたかも?すぐ書けば良かった・・・

何にしても、2人の「当時の絶対的な思想に流されることなく、家族を第一に考えて行動した」という点が、最も印象的な共通点だと思います。

余談(1番泣けたシーン)

「永遠の0」の話です。最後のシーンも当然泣けたんですが、多分ここが1番泣いてたんじゃないかというシーンは、宮部が大石と搭乗機を交換して飛び立つシーンでした。

自分は、家族の為に生き残らなければならない

しかし自分の教え子達が、自分の眼前で若い命を散らしていく

それを、自分はただ見ていることしかできない

自分は教え子達の犠牲の上に生きているのだ

使命と罪悪感の板挟みで憔悴し、ついに使命と訣別する決意

出撃直前、命がけで自分を救ってくれた教え子と搭乗機を交換

そして、最期の出撃へ

ここでの「搭乗機の交換」が意味すること。それが前フリで何となくわかるからでしょうね。

この出撃シーンがたまらなく泣けました。

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