ヒロミが語る再ブレイク&干された理由!自宅では妻・伊代にOO言葉w

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ヒロミさんのプロフィールはこちら

⇒ Wikipedia(ヒロミ)

今回の記事は、5/1放送の「黄金列伝」に出演したヒロミさん。

しばらくずっと見なかったヒロミさん。そして最近、また良く見るようになったヒロミさん。

テレビに出なくなるとすぐ「干された」と言われる芸能人の方々ですが、ヒロミさんの場合は見ない日がないぐらい出てたので、余計その印象が強かったでしょうね。

黄金伝説では、その「干された」と言われた期間のヒロミさんはもちろん、その前の全盛期から現在までのヒロミさんについて放送。

その内容をしっかりと知り合いがまとめてくれましたので、以下に紹介します。

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その1:生死をさまよう大ヤケドを経て人気司会者へ!

今回のゲストは、50代にして再ブレイクを果たしたヒロミ。

1986年、ホストクラブの従業員だった3人でB21スペシャルを結成し、ライブハウスなどでコントを中心に活動を始めました。

テレビで活躍するきっかけは「ザ・テレビ演芸」

生意気キャラが司会の横山やすしさんに気に入られたことで、人気が急上昇。すぐにレギュラー番組を持つことに。

【番組MC陣内のツッコミ「ヒロミさんってヤバイ人に気に入られますよね(笑)」】

ところが、デビューから5年目、26歳の時。番組内で起こった事故で、生死をさまようほどの大ケガを負います。

「ロケット花火を背負って月に行こう」という企画で1万本のロケット花火を背負って火をつけると、太ももの裏を中心に体の21%が焼けただれる大ヤケド!

死に至る可能性もある中で、皮膚を移植し、何とか命をとりとめました。

この時、現在の妻・松本伊代さんとはすでに付き合っていて、当時お見舞いに行って、初めてヒロミさんの弱い部分を見たそうです。

医者からはもう絶対に歩けないと言われていたのが奇跡的な回復力を見せ、長いリハビリの結果、半年後にテレビに復帰できるまでに回復しました。

そこから一念発起し、27歳でB21スペシャルのメンバーを連れて自らの芸能事務所を設立。

レギュラー番組最大10本を抱える超売れっ子司会者になり、テレビで見ない日はないほどの人気が続きました。


ヒロミの活躍は、若い頃のブレイクも、最近のブレイクも、どちらもリアルタイムで見ています。

若い頃の司会番組では、嵐や関ジャニ∞ともグループ結成前に共演していましたし、今は、若手芸人の家をリフォームする企画が毎回楽しみ。

それにしても、花火を背負って月に行こうって(笑)

今では危なくて絶対に通らないような企画。まさに芸人が体を張っていた時代で、当時のアブナイ方向性の笑いを思い出しました。

「時代は終わった」堺正章に干されたというウワサの真相を激白!

国民的アイドルだった松本伊代さんと3年間の交際を経て、28歳で結婚。

仕事もプライベートも順風満帆。38歳までは幸せの絶頂が続きました。

怖いもの知らずのイケイケ状態で、ビートたけしのことを「おじさん」と呼ぶほど!

「たけし軍団全員がたけしさんを崇めてるけど、 たけしさんはそうして欲しくないんだろうなって」

でも、世の中が不景気になるにつれ、ヒロミの生意気なキャラクターが鼻につくように。

ついには、堺正章さんとのダブル司会の人気バラエティ番組「発掘!あるある大辞典」を、ヒロミだけが降板することになったのです。

ヒロミの暴言がきっかけで堺さんが干したというウワサがありましたが、本人はそれを否定。

「番組をもっとバラエティー色にした方がいいんじゃないですか?っていう主張があったのね。

「行列のできる法律相談所」がスタートして、視聴率はまだ10%ぐらいで、あるあるは20%ぐらいあったけど、紳助さん面白かったから。

健康情報番組なのはわかるけど、もっとバラエティーでやろうと思えば、先生(堺正章)と俺がいるんだからできるはずだっていうのがあって、そんな主張を強めたのね。

そういうのでやらないんだったら、俺は辞めますと。じゃぁご苦労様です、みたいな感じで。

自らみたいなところがあって、モメたっていうことでは全然ない。

先生にウワサのことを言ったら、そんな力が俺にあるんだったら、もっと干したい奴がいるって(笑)」

この番組を降板した頃から、ヒロミ司会の番組が次々と終了。40歳を境に、テレビでの露出が激減しました。

ずっと司会者でやってきたので、ゲストで番組に出ることも拒んでいたそうです。

当時、その状況を冷静に分析していたヒロミ。

「いつか終わるかもしれないっていうのが頭の中にあったのね。41歳で、あ、ここで来たかと思って。

マネージャーにも絶対営業するなと言って、テレビがなくなったら仕事はゼロ。

悪あがきしなくていい。なくなったらなくなったで、腹くくろうぜって。

自分の実力と周りが必要とするかどうかは別。

時代が終わったなっていうのがわかったから、すぐ次の展開へいった。だって、時代はおわっちゃってるんだもん」


堺さんとの確執は、ただのウワサだったんですね。

「発掘!あるある大辞典」好きでよく見ていました。納豆がいいと放送すれば、翌日スーパーで売り切れてしまうほどの人気でしたね。結局は捏造問題で打ち切りになるのですが。

「行列のできる法律相談所」は現在も続いている人気番組。その時ヒロミの意見を取り入れて番組を方向転換していれば、結果はまた違ったのかもしれませんね。

時代が終わったというより、ヒロミの方が時代の先を行っていた、という印象。

普通仕事が減ってくると、あせって「何でもやります」と低姿勢に出るものですが、テレビの仕事をゼロにして方向転換する潔さが、後の成功につながるんですね。

再ブレイクのきっかけは親友・木梨憲武の言葉

ジム

テレビから姿を消した空白の10年間に、ヒロミはトレーニングジムの経営に着手。

東京都内に3店舗を構え、事業家として成功を収めることになります。

妻の伊代さんには店を出すことも相談はせず、後で「え~何?パパ店やってんのぉ?」と言う感じだったとか。

芸能界を離れて一般社会に出たことで、人への気遣いや、チームワークの大切さなど、人としての基本をあらためて学んだというヒロミ。

「テレビの仕事をやってる時は、周りは俺に気遣ってやってたんだろうなぁって。この10年間はすごい勉強になったんだよね」

しかし、48歳の時にまた転機は訪れます。

ジムのトラブルで事業の厳しさを味わい、気持ちが切れ始めました。

その時、自分の中で芸能界に戻る道を断ち切りたかったそうです。

そこで「引退」を口にしようと思い、親友の木梨憲武さんに話すと、こう言われました。

「そういうこと言わなくていいんじゃないか。またやりたくなったらやればいいんじゃない?」

その言葉に納得して、少しテレビに出始めると、10年間出ていなくても意外にまだしゃべれるんだと実感。

50代で再ブレイクを果たすことになります。

「今は、自分の番組やりたいとか本当になくて。

昔はゴール前でボールボールって言ってゴール決めたり、俺が俺がっていうタイプだったのが、今はちょっと下がってパス出したり、守備をする面白さがある。

後輩がやってる番組に行って、うまいところでこんな感じでどうですか、っていうのが楽しい。

若い時走り過ぎてたから、10年間ブランクがあって丁度いいぐらい」

怖いもの知らずで芸能界を駆け抜けた若い時代。

40歳にして全てを失っても、決して後ろを向くことなく違う道を切り拓き、水も甘いも噛み分けた大人のヒロミが、今また引っ張りだこに。

そんな姿を一番近くで見ていた妻 伊代さんからの手紙。

「出会って26年。 いつまでも甘えん坊さんのパパでいてね。赤ちゃん言葉のパパもステキ」

それを聞いたヒロミは、

「家ではママ~、アイス、アイスって言ってるからね(笑)」


ヒロミのブランクの間は、芸能界を引退して趣味に没頭しているという印象がありました。

その一方で、ちゃんと事業を成功させていたから、そんな生活できたんでしょうね。

トラブルというのは、ヒロミのジムのインストラクターだった樫木裕実さんの独立問題。

でも、それがなければ事業家を続けていたかもしれないですから、何がきっかけで人生変わるかわからないものですね。

引退を引き止めた木梨憲武さんも、まさかここまで再ブレイクするとは思っていなかったのでは。

若手の生意気キャラから、ちょっと毒舌のオモシロイおじさんに変化し、家では伊代さんに甘えるという可愛さも程よく見せている。

この人はつくづく頭がよくて、自分の見せ方も生き方も熟知している人だと思った回でした。

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